超高温でも強さを保つ多元素合金の秘密 ―結晶構造と温度が力学特性に与える影響―
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東京大学大学院新領域創成科学研究科
発表のポイント
◆同じ構成元素を持ちながらも異なる結晶構造を持つ合金の室温・高温での強度と変形メカニズムを調べました。
◆変形メカニズムは結晶構造よりも温度に大きく影響されるということが判明しました。
◆多元素合金の変形メカニズムについての理解を深め、将来の耐熱合金の最適化に応用することが期待されます。
概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の松永紗英助教、梁 少基(りょう しょうき)大学院生(博士課程)、沈 佑年(ちん ゆうねん)大学院生(博士課程)、御手洗容子教授、同大学工学部の清水修武学部生(研究当時)は、高い融点を持つ金属5種類を使用して作製した多元素合金(RCCA合金、注1)の相平衡(注2)と、高温での力学特性と変形メカニズムを実験において明らかにしました。
今回、同じ構成元素を持ちながらも異なる結晶構造を持つ合金を4つ作り、室温・高温における力学特性への影響について調査を行いました。その結果、室温では結晶構造の違いにより強度に明確な差が見られる一方で、1500℃では大きな差がないこと、また、結晶構造に関わらず、室温と1500℃では異なる変形メカニズムが働いており、変形メカニズムは結晶構造よりも温度に大きく影響されることが判明しました。
本研究の成果の活用により、多元素合金の変形メカニズムについての理解を深めることで、将来的には高温での使用を見据えた合金の最適化への応用が期待されます。
発表内容
研究背景
高融点の金属を多数混ぜて作る多元素合金は、高温でも優れた性能を発揮し、機械的に強く、放射線や酸化にも強いことから、次世代の航空機や原子力などの分野で使われる高温材料候補として注目されています。
金属元素の主要な結晶構造として、体心立方構造(BCC構造、注3)、面心立方構造(FCC構造、注4)、六方最密構造(HCP構造、注5)の3つがあり(図1)、多元素合金ではこれまで主にFCC構造とBCC構造を持つ合金が数多く報告されてきました。これまでの研究でBCC構造を持つ合金の方が高温で優れた強度を持つことがわかっていますが、FCC構造を持つ合金とは根本的に構成元素が異なるため、この特性が結晶構造由来なのか、元素由来なのかについては不明でした。
図1 金属元素の主要な結晶構造
画像は「important type of lattice structure tec-science」(https://www.tec-science.com/material-science/structure-of-metals/important-types-of-lattice-structures/#:~:text=Important%20lattice%20structures%20are%20the,hexagonal%20closest%20packed%20(hcp).)から取得した。
研究の内容
先行研究で配合量を変えることで結晶構造を自由に変えることができる元素の組み合わせとして報告された、イリジウム(Ir)、ロジウム(Rh)、ルテニウム(Ru)、タングステン(W)、モリブデン(Mo)の5種類の金属の配合量を変え、4種類の合金を作製しました。4種類の合金はそれぞれ、BCC単相、BCC+HCP二相、HCP単相、FCC単相、を持つように配合量を決定しました(図2)。
図2 作製した合金と各合金の予想結晶構造を示した1500℃における相図
それぞれについて、1500℃での相平衡を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscopy、注6)、エネルギー分散型X線分光法(EDS:Energy Dispersive X-ray Spectroscopy、注7)、X線構造解析(XRD:X-ray Diffraction、注8)により調査したところ、各合金で生成すると想定していた相の他に、結晶構造の異なる相が微細に析出する合金があることがわかりました。また、室温と1500℃における力学特性について、ひずみ速度急変圧縮試験(注9)を実施した結果、図3に示すように、室温(図中RT)では結晶構造の違いにより強度に明確な差が見られる一方で、1500℃では大きな差がないことが判明しました。温度ごとの活性化体積を比較したところ、結晶構造に関わらず、室温と1500℃では異なる変形メカニズムが働いており、1500℃では温度に依存した変形メカニズムが支配的であるのに対し、結晶構造の変形メカニズムへの影響は非常に限定的であることが明らかになりました。
図3 各合金の室温(RT)と1500℃における強度
今後の展望
本研究では、同じ構成元素を持ちながら異なる結晶構造を持つ合金について、これまでの研究では気付かれていなかった、結晶構造よりも温度に大きく依存する力学特性を初めて報告しました。多元素合金の変形メカニズムについてはまだ解明されていない部分が多く、なぜこれらの合金が優れた強度を示すのかについての調査が進められています。
本研究は、様々な温度環境における多元素合金の変形メカニズムについての理解を深める足がかりとなるとともに、将来的には高温での使用を見据えた合金の最適化に向けた重要な一歩となります。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻
松永 紗英 助教
梁 少基 博士課程
沈 佑年 博士課程
御手洗 容子 教授
工学部 マテリアル工学科
清水 修武 学部生(研究当時)
論文情報
雑誌名: Materials Science & Engineering A
題 名:The effect of constituent phases on microstructure and high temperature deformation mechanisms of IrRhRuWMo complex concentrated alloys
著者名: S. Matsunaga*, O. Shimizu, S. Liang, Y.-N. Shen, Y. Yamabe-Mitarai
DOI: 10.1016/j.msea.2024.147018
URL: https://doi.org/10.1016/j.msea.2024.147018
研究助成
本研究は、一般社団法人 田中貴金属記念財団からの支援により実施されました。
用語解説
(注1) 多元素合金(RCCA合金)
複数の主要な元素を組み合わせて作られた合金。これまでの研究で、普通の金属や合金よりも高温に強い性質を持つことがわかっている。
(注2) 相平衡
異なる物質の相が特定の条件下で安定して共存している状態のこと。本研究では、1500℃でどのような相が共存しているのか調査した。
(注3) 体心立方構造(BCC構造)
立方体の各頂点と立体の中心に同種の粒子が配列された結晶格子。
(注4)面心立方構造(FCC構造)
立方体の各頂点と各面の中心に同種の粒子が配列された結晶格子。
(注5)六方最密構造(HCP構造)
結晶構造の一種で、単位格子内に原子が最も密に配列するようになっている。
(注6) 走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscopy)
電子線を利用した顕微鏡で、数ナノメートル程度の非常に小さいものまで観察することができる。表面観察の他、注5、注6に示すような分析機器と組み合わせることで、どのような物質ができているか、詳しく調べることができる。
(注7) エネルギー分散型X線分光法(EDS:Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)
電子線やX線の照射により発生したX線のエネルギーと信号量から元素分析を行なう手法。試料の化学組成を詳細に調べることができる。
(注8) X線構造解析(XRD:X-ray Diffraction)
X線を用いて結晶構造を調べる実験手法の一つ。X線を試料に照射し、どの方向にどのような強さでX線が散乱されたかを測ることで、構成成分の同定や定量が可能。
(注9) ひずみ速度急変圧縮試験
圧縮試験を行う際、圧縮する速度を徐々に変えながら圧縮を行う試験手法。本研究では、ある一定の速度で圧縮し、不可逆変形量(塑性ひずみ)が1〜5%に達したら圧縮速度を上げるという方法を繰り返した。
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