記者発表

高精度な薄膜型イオンセンサを有機半導体により実現 ―疑似参照電極として機能する有機半導体―

投稿日:2024/09/24 更新日:2024/09/24
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東京大学
科学技術振興機構(JST)

発表のポイント

◆印刷プロセスによってフィルム基板上に形成された有機半導体単結晶を用いて、高精度な薄膜型イオンセンサの開発に成功しました。

◆小型化の障害となっていた銀/塩化銀などの参照電極の代わりに、有機半導体単結晶トランジスタが疑似参照電極として基準電位を定義できることを見出しました。

◆ヘルスケア、農水産業などさまざまな分野で活躍するイオンセンサの小型薄膜化、低コスト化、大規模ネットワーク構築に貢献すると期待されます。

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開発された疑似参照電極として動作する有機半導体単結晶トランジスタ
フィルム基板上に印刷プロセスにより形成した有機半導体単結晶を用いている。100円玉(図中の一番左)と比較すると、その小型さ、薄さがよく見て取れる。

概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科、物質・材料研究機構(NIMS)からなる共同研究グループは、有機半導体(注1)単結晶を用いることで高精度な薄膜型イオンセンサの開発に成功しました。イオンセンサはヘルスケア、農水産業などさまざまな分野において用いられるデバイスです。その小型薄膜化、低コスト化は次世代のセンサネットワークを実現する上で重要です。これまでも半導体を用いた薄膜型イオンセンサの開発が行われてきましたが、高精度なデバイス動作には参照電極(2)と組み合わせて用いることが必要でした。参照電極は試験管状の容器に溶液と電極を封入した構造が一般的であり、小型化の妨げとなっていました。

本研究グループは参照電極の代わりに有機半導体単結晶トランジスタが疑似参照電極(注3)として基準電位を定義できることを見出しました。これにより、デバイス全体を小型薄膜化しながらも高精度なイオンセンシングを実証しました。本技術はさまざまなイオンセンサの小型薄膜化、低コスト化に貢献すると期待されます。

本研究成果は、国際科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences」(PNAS)に2024923日付けでオンライン掲載されました。

発表内容

Internet of Things (IoT)をはじめとしたセンサネットワークの需要に伴い、イオンセンサを小型薄膜化、低コスト化することが望まれています。イオンセンサではイオン濃度を電位差に変換して計測しており、これには基準となる電位を与える銀/塩化銀などの参照電極が必要となります。半導体を用いたトランジスタ(4)型のイオンセンサの動作にも参照電極が用いられています。ところが、参照電極は試験管状の容器に溶液と電極を封入した立体的な構造が一般的であり、イオンセンサ薄膜化の妨げとなっていました。今回、有機半導体単結晶トランジスタを用いることで、参照電極を排除した高精度な薄膜型イオンセンサの開発に成功しました(図1a)。

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図1. 開発した疑似参照電極として動作する有機半導体単結晶を用いた薄膜型イオンセンサ
(a) 従来型および本研究におけるイオンセンサシステムの模式図。本研究では有機半導体単結晶を用いた参照用トランジスタが基準電位を定義する。

(b) 代表的なトランジスタ特性。ドレイン電流を計測すると、半導体の電位を推定可能である。
(c) イオン濃度測定原理の模式図。センサ用トランジスタでは液絡(図1(a)を参照)にイオン選択膜を用いている。二つのトランジスタの差動計測では、イオン選択膜が生じる電位差を評価することができる。
(d) トランジスタ差動計測から求めたカリウムイオン選択膜が生じた電位差の濃度依存性。ネルンストの式に近い応答が観測され、従来型の参照電極を排除した薄膜センサにおける高精度な計測が実証された。

有機半導体は半導体として機能する有機分子材料であり、有機分子材料からなるインクを印刷するという低コストプロセスで単結晶を得ることができます。作製した電気二重層トランジスタ(注5)では、ゲート電圧の印加によって半導体の電位をシフトさせると、ソース―ドレイン電極間の電流値が変化します(1b)。この電位と電流値の対応を活用すると、逆に、電流値を読み取ることで半導体の電位を推定できます。この方法には安定なデバイス動作が前提となり、従来のトランジスタでは実施することが困難でした。一方で、有機半導体単結晶トランジスタは優れた安定性を示しました。定常状態における16時間の測定では、電位の推定値のドリフト(注6)が0.5 mV/hという小さい値であることが分かりました。これは市販の銀/塩化銀からなる参照電極と同程度の安定性であり、作製したトランジスタが疑似参照電極として動作したと言えます。

今回実現した疑似参照電極動作では、半導体に電気が流れ始める電位を一定に保つ必要があります。これには構造乱れやトラップ準位(注7)の影響が小さい単結晶を用いることが有効です。これに加えて、水溶液中における動作では半導体表面に保護層が必要となります。保護層にはイオンの化学的な吸着などを生じにくい材料を用いる必要があり、シリコン酸化物などの無機材料は不向きです。今回用いた単結晶では半導体として機能するπ共役(注8)骨格を分子内のアルキル鎖が保護することで、優れた保護機能を有すると考えられます。

本技術によるカリウムイオン濃度のセンシングも実証しました。トランジスタと測定対象の水溶液を仕切る液絡(注9)にイオン選択膜を用いたセンサ用トランジスタを作製し、これと参照用トランジスタの差動計測を実施しました。参照用トランジスタの電流値が一定になるようにゲート電圧を制御すると、その半導体の電位は一定に保たれ、基準電位として作用します。この状況での差動計測ではイオン選択膜が生じる電位差を計測可能であり(図1c)、実際にこの値はイオン濃度が1桁変わるごとに62 mV変化しました(図1d)。これはネルンストの式(注10)から予測される応答に近く、高精度な動作であると言えます。

基準電位はあらゆる電気化学デバイス、センサにおいて重要な役割を果たしています。これを従来型の参照電極ではなく、有機半導体単結晶の薄膜を用いて定義する本技術はさまざまな電気化学デバイス、センサの小型薄膜化、低コスト化に貢献すると期待できます。

発表者・研究者等情報                                        

東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻

早川 遥海 大学院生(研究当時)
熊谷 翔平 特任助教(研究当時)
  現:東京工業大学物質理工学院 特任准教授
竹谷 純一 教授
  兼:物質・材料研究機構(NIMS)ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANANIMS招聘研究員(クロスアポイントメント)

物質・材料研究機構(NIMS)ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA)

山下 侑 主任研究員
  兼:東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 客員連携研究員

論文情報                                          

雑誌名: Proceedings of the National Academy of Sciences
題 名:Ion sensors based on organic semiconductors acting as quasi-reference electrodes
著者名: Yu Yamashita*, Harumi Hayakawa, Pushi Wang, Tatsuyuki Makita, Shohei Kumagai*, Shun Watanabe, Jun Takeya
DOI: 10.1073/pnas.2405933121
URL: https://doi.org/10.1073/pnas.2405933121

研究助成

本研究の日本における取り組みは、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「電子閉じ込め分子の二次元結晶と汎用量子デバイスの開発」(課題番号:JPMJCR21O3)ならびに日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:20H0039222H04959)の一環として行われました。

用語解説

(注1)有機半導体:
半導体としての機能を持つ軽量、柔軟な有機分子材料。インク状態にすることで、インクジェットなどの低コスト印刷プロセスを用いて製膜可能な特徴がある。

(注2)参照電極:
一定の電位を示す電極であり、さまざまなセンサや電気化学測定において用いられる。例として、酸化還元反応によって銀が塩化銀へと可逆的に変化する電位を示し続けるのが銀/塩化銀電極である。試験管状の容器に専用の溶液と電極を封入した構造が一般的に用いられる。 

(注3)疑似参照電極:
参照電極に類似して、あるシステム中では一定の電位を示し続ける電極。参照電極は電位の絶対値に信頼性があるが、疑似参照電極は相対値にのみ信頼性がある。そのため、参照電極と比較して用途が限定される場合がある。

(注4)トランジスタ:
半導体をオン、オフすることが可能なスイッチやセンサとして用いられるデバイス。オン状態になるようなゲート電圧を印加するほどに、ソース―ドレイン電極間の半導体に電気が流れやすくなる。 

(注5)電気二重層トランジスタ:
半導体とゲート電極の間に水溶液などの電解質が導入されているトランジスタ。電極や半導体に蓄積される電荷は、イオンが形成する電気二重層によって電荷補償される。ゲート電圧がナノメートル厚みの電気二重層のみに印加されるため、小さい電圧でキャリア密度が大きく変化する特徴がある。これは高感度のイオンセンサ応用に適した特徴である。

(注6)ドリフト:
デバイスからの電流や電圧などの読み取り値が時間とともに変化していくこと。ドリフトが大きいほど、センサの読み取り値が本来示すべき値からずれてしまう。

(注7)トラップ準位:
半導体中のキャリアが捕らわれて停滞しやすい、本来よりも低いエネルギーの準位。半導体の構造乱れなどによって形成される。

(注8)π共役:
単結合と二重結合が交互に連なった構造に見られる、非局在化した電子が存在する状態。例として、ベンゼンもπ共役を有する分子に該当する。電気が流れる有機分子を実現するにはπ共役構造がよく用いられる。

(注9)液絡:
デバイスの内側と外側の電解質など、異なる溶液が接する領域。液絡には溶液が混ざらないように隔てながらも、イオンなどを透過する役割を持った膜や多孔質材料が設置される。

(注10)ネルンストの式:
イオン選択膜などが生じる電位差とイオン濃度の関係を表した式。カリウムイオン選択膜の場合にはイオン濃度が1桁変わるとイオン選択膜が生じる電位差は約59 mV変化することが示されている。

関連研究室

竹谷・渡邉・玉井研究室

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