東京大学と日立ハイテクが新原理の半導体検査装置の実用化目指し共同研究― 欠陥検査の高速化に加え素材の化学情報の可視化が可能に ―
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東京大学連携研究機構マテリアルイノベーション研究センター
東京大学大学院新領域創成科学研究科
東京大学物性研究所
発表のポイント
◆東京大学と株式会社日立ハイテクはLaser-PEEMと呼ばれる新しい顕微鏡を半導体検査装置として実用化するため共同研究していることを発表しました。
◆Laser-PEEMはレーザーによる光電効果を利用した東大発の新しい電子顕微鏡であり、従来の走査型電子顕微鏡(SEM)と比較して検査スピードの飛躍的な向上が可能になります。
◆ナノ材料の持つさまざまな化学情報の観察も可能になるため、半導体産業だけでなく広範な分野での活用が期待されます。
レーザー励起光電子顕微鏡(Laser-PEEM)の特徴
概要
東京大学の谷内敏之特任准教授、藤原弘和特任助教、バレイユセドリック特任研究員(現・株式会社日立ハイテク)、大川万里生特任研究員および株式会社日立ハイテク(以下、日立ハイテク)は、レーザー励起光電子顕微鏡(Laser-PEEM、注1)を半導体検査装置として共同研究を行っていることを発表しました。研究内容を2024年11月12日(火)~15日(金)に京都府で開催されるMNC2024(International Microprocesses and Nanotechnology Conference 2024)において、共同発表します。
半導体検査プロセスにおいて、Laser-PEEMが従来の走査型電子顕微鏡(SEM、注2)よりも桁違いに高速なイメージング手法であるだけでなく、各素材の持つ化学情報の直接観察や埋もれたナノ構造の非破壊観察などのさまざまな有用性が示されたため、その実用化に向けて半導体検査装置向けLaser-PEEMの共同研究を進めています。この共同研究では、既存技術であるSEMを置き換えることで検査のスループットを飛躍的に向上させることを目指します。また、半導体製造のリソグラフィ(注3)プロセスに欠かせないレジスト材料に化学的に刻まれた潜像(注4)のイメージングに成功し、これまでに無かった新しい検査手法の提供も目指します。
このLaser-PEEMは観察対象に関する情報を電子顕微鏡よりも多く提供することから、将来は半導体産業だけでなく他のさまざまな産業や基礎科学へも貢献できることが期待されます。
発表内容
〈研究の背景〉
半導体チップの性能は微細化・高集積化とともに向上してきました。現在では極端紫外線(EUV)リソグラフィを用いることでナノスケールの回路が形成されており、この微細化・高集積化の重要性は今後も増しています。このような微細加工技術の進展とともに問題になっているのが、微細なトランジスタや配線等を作製するのに使用される材料の均質性です。リソグラフィによるパターンの加工精度に対して材料の均一性が大きな影響を与え、配線の欠陥等を生じさせる要因となっています。そのためナノスケールの欠陥を検査するための顕微鏡技術は今後、今まで以上に重要なものとなっていきます。現在、ナノスケールの欠陥検査には電子顕微鏡が広く用いられています。しかしながら近年の微細化とともに問題になってきたのが検査のスループットの向上です。高集積化によってチップあたりのトランジスタの数が増えたため、それらを検査するには高い解像力だけではなく、これまで以上の検査スピードが求められるようになってきました。検査に用いられる電子顕微鏡は図1左側のようにフォーカスした電子線をなぞるようにして観察する「走査型」の顕微鏡です。1ナノメートルレベルの非常に高い解像力を有しているものの、走査型ゆえに大面積を高速に検査するには非常に長い測定時間が必要でした。
図1:半導体検査装置。従来の電子顕微鏡(SEM)とLaser-PEEM
一方で、東京大学では新しい結像原理を元にした高い解像力を持つ電子顕微鏡の開発が物性研究所によって進められていました。これはレーザー励起光電子顕微鏡(Laser-PEEM)と呼ばれる技術であり、2015年、谷内敏之特任研究員(当時)、小谷佳範特任研究員(当時、現・公益財団法人 高輝度光科学研究センター)、故・辛埴教授によって3ナノメートルという世界最高解像度のLaser-PEEMの開発に成功しました(関連情報①)。
Laser-PEEMは、従来の電子顕微鏡とは異なり、電子線の代わりにレーザーを観察対象の物質全面に照射して電子を放出させる顕微鏡です。照射範囲全面から放出された電子は光学顕微鏡のように電子レンズによって拡大されスクリーンに投影されるという、「投影型」のイメージング技術です(図1右側)。この結像原理によりLaser-PEEMは大面積のデータを一括取得できるという大きな特長を有しています。
Laser-PEEMが従来の電子顕微鏡よりも桁違いに高速なイメージング手法であることから、東京大学と電子顕微鏡メーカーである株式会社日立ハイテクは2020年より、連携研究機構マテリアルイノベーション研究センター(MIRC)内に社会連携研究部門を設立し、Laser-PEEMのさらなる高度化および実用化を目指して共同研究を開始しました。
〈研究の内容〉
社会連携研究部門ではこれまで、Laser-PEEMを使うことで高速検査以外にも、さまざまな実証実験を行うことで、Laser-PEEMが持つさまざまな可能性を示してきました。それらの有用性がまず確認されたのが、電子デバイス・半導体の分野です。Laser-PEEMの観察できる深さが10~100ナノメートルであることから、レントゲン検査のように電子デバイスを「透かして」観察できる「非破壊観察」に成功。メモリ素子の新材料HfO2系強誘電体を用いたキャパシタが100万回以上のデータ書き換えによって絶縁破壊する様子を電極越しに可視化する実証実験を行いました(図2、関連情報②)。
図2:メモリ素子における、絶縁破壊で形成された伝導パスの非破壊観察
Laser-PEEMの持つもう1つの有用性は素材の違いを可視化できることです。素材の違いが見えるとさまざまな化学材料の検査に使えますが、従来のSEMではデバイスの形状(凹凸)を観察するのは得意な反面、凹凸の無い単なる素材の違いを観察するのは難しいことが知られています。そこで、本研究チームは素材の違いを直接観察した実証実験として、「潜像イメージング」というものを行いました。半導体のリソグラフィには、主にレジスト塗布→露光→現像の3つのプロセスがあります(図3上)。露光プロセスにおいて光を当てられた箇所のレジストは、のちの現像プロセスにおいて取り除かれるよう素材の性質が変化します。しかし、性質は変化したものの、素材の表面には変化がわずかにしか起こらず、凹凸パターンはほとんど生じません。このため、露光した回路パターンの欠陥を検査するには、SEMで観察可能な凹凸パターンを形成させるために3番目の現像プロセスまで経る必要がありました。一方、Laser-PEEMは、凹凸だけではなく、素材の違い(潜像パターン)を可視化する能力があるため、現像プロセスよりも前の段階で露光のパターン検査できることが期待されます。本研究チームは、Laser-PEEMを世界で初めて潜像パターン観察に適用して、高解像度かつ高スループットで観察できることを実証しました(図3左下、関連情報③)。このイメージングは従来の方法では不可能であり、今まで存在しなかった新しい検査市場の創出が期待されます。また現在、電子顕微鏡(SEM)が担っている従来の現像後パターンの検査スループットをLaser-PEEMでも評価したところ、電子顕微鏡の観察スピードの1万倍であり、既存の半導体製造の検査プロセスの短縮化にも貢献可能であることが分かりました(図3右下)。
図3:リソグラフィプロセスにおける現像前・現像後の超高速イメージング
〈今後の展望〉
Laser-PEEMの特徴は次の4つにまとめられます。
(1)ナノスケールの観察が可能:3ナノメートル解像度
(2)高スループット:従来の電子顕微鏡より1000倍以上高速
(3)素材イメージング:凹凸だけでなく素材の持つさまざまな情報が取得可能
(4)非破壊:10ナノメートル以上埋もれたナノ構造を非破壊で観察可能
以上のような特徴を生かすことで、従来の半導体検査のスループットを大きく向上させるだけでなく、潜像イメージングのようにこれまで観察が不可能だった検査分野で新たな検査手法を提供することが可能になると期待されます。Laser-PEEMの実用化によって貢献できる分野は半導体産業だけでなく、素材を扱うさまざまな分野へ貢献できることを期待しており、今後も幅広い実証実験を進めていきます。
2024年11月7日、日立ハイテクより本内容に関連したプレスリリースが発行されました。詳細は以下リンクをご覧ください。
https://www.hitachi-hightech.com/jp/ja/news/nr20241107.html
〇関連情報:
① 論文 "Ultrahigh-spatial-resolution chemical and magnetic imaging by laser-based photoemission electron microscopy"Review of Scientific Instruments 86, 023701 (2015)
https://pubs.aip.org/aip/rsi/article/86/2/023701/361050/Ultrahigh-spatial-resolution-chemical-and-magnetic
② プレスリリース「不揮発性メモリ素子が壊れる瞬間を可視化 ―電子デバイスの新たな非破壊顕微解析手法を開発―」(2023/10/24)
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2023-10-25-002
③ プレスリリース「半導体製造プロセスの現像前超高速検査技術を開発 ―既存技術よりも早期の段階で、1万倍高速な検査の実現も視野―」(2024/8/31)
https://www.issp.u-tokyo.ac.jp/maincontents/news2.html?pid=20184
発表者・研究者等情報
東京大学
連携研究機構マテリアルイノベーション研究センター
谷内 敏之 特任准教授
兼:同大学大学院新領域創成科学研究科
藤原 弘和 特任助教
兼:同大学大学院新領域創成科学研究科
物性研究所
バレイユ セドリック 特任研究員(当時)
現:株式会社日立ハイテク
大川万里生 特任研究員
株式会社日立ハイテク ナノテクノロジーソリューション事業統括本部
学会情報
国際会議:International Microprocesses and Nanotechnology Conference 2024 (MNC 2024)
開催地:京都
発表日:2024年11月14日
題 名:Device and Material Characterization by Laser-Based Photoemission Electron Microscopy
発表者:Toshiyuki Taniuchi
研究助成
本研究は株式会社日立ハイテクとの共同研究・支援により実施されました。
用語解説
(注1)レーザー励起光電子顕微鏡(Laser-PEEM)
物質からの光電子の放出を観察できる高度な電子顕微鏡です。レーザー光を用いて物質内部の電子を励起し、放出された光電子のエネルギーや空間分布を分析します。物質中で物性を支配する電子を観測できるので、物理的・化学的性質の空間分布を敏感に可視化できます。読み方は「レーザーピーム」
(注2)走査型電子顕微鏡(SEM)
微細な試料表面の高解像度観察に用いる電子顕微鏡です。電子ビームを試料表面上で細かく走査し、試料から放出される二次電子や反射電子を検出します。この走査と検出のプロセスにより、試料表面の詳細な形状や組成情報を得られます。光学顕微鏡よりも高い分解能を持ち、ナノスケールの構造観察や材料分析に広く活用されています。
(注3)リソグラフィ
半導体製造の核心技術です。フォトリソグラフィの場合、フォトレジストを塗布した基板に、マスクパターンを通して光を照射します(露光)。光が当たったフォトレジストは溶解性が変化するため、現像液に浸した際、光が当たった部分だけが溶けます(現像)。マスクによって光が当たる箇所を制御することで、ナノメートルレベルの微細な回路パターンを形成、精密な構造を半導体チップ上に作り出し、集積回路を製造します。
(注4)潜像
リソグラフィプロセスにおいて、レジストに光や電子が照射された直後に形成される化学的な像のことです。露光により、レジスト内で光化学反応が起こり、現像液に対する溶解性が変化します。この段階では凹凸がほとんどなく、情報をとることが困難です。後の現像プロセスで顕在化し、走査型電子顕微鏡などで観察可能になります。
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新領域創成科学研究科 広報室