記者発表

食材を洗う噴流式超音波洗浄機技術を開発―安全から安心へ、食の安心を求めて―

投稿日:2024/11/11 更新日:2024/11/11
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東京大学大学院新領域創成科学研究科

発表のポイント

◆食材を洗浄する噴流式超音波洗浄の技術を開発しました。
◆食材の超音波処理に、洗浄効果に加えて食味を改善するなどのメリットがあることを発見しました。
◆本技術により、社会が持続して発展する基礎である食の安全・安心をより深化できることが期待されます。   

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開発した食材用の噴流式超音波洗浄機の試作機と動作原理(超音波TECNO 誌, 尾田ほか, 2023)

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発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の尾田正二准教授を中心とする研究グループは、食材を洗浄する実用的な噴流式超音波洗浄技術を開発しました。
超音波による洗浄技術は広く普及している成熟した洗浄技術であり、野菜・果物類を洗浄する装置も過去に数多く開発されてきました。今回開発した技術は、円筒形の洗浄槽底部より清浄な洗浄水を噴流し供給しつつ超音波洗浄することによって洗浄効果を向上させるとともに、超音波の出力を最適化し、野菜・果物類に加え肉類・魚介類など、これまで洗浄が難しかった食材を超音波洗浄することを可能としました。
さらに、本技術による超音波処理によって、野菜・果物類が活性化し、みずみずしさがより日持ちすることが分かりました。肉類・魚介類においては、表層の空気酸化した過酸化脂質(注1)が除去され、食味が大きく改善しました。
ライフスタイルの変化、冷凍・包装・流通技術の進歩などにより、私たちの食は急速に変貌しています。科学技術が発展し VR や AI がいかに発達しようと、毎日の食の重要性は変わりません。安心でおいしい食は、健康で幸せな毎日の原点であり、生物学的には健康となるために体が欲する食であるはずです。本技術により、社会が持続して発展する基礎である食の安全・安心をより深化できることが期待されます。

    

発表内容

超音波洗浄は、水中で高速の振動(40 kHzの場合は毎秒4万回)を加えて微細な泡が発生と破裂を繰り返し、それによるキャビテーション効果(注2)によって被洗浄物の表面の汚れを物理的に浮かせて洗浄する技術です。生化学の研究では細胞の内容物を抽出するために細胞組織を効率的に破砕するためにも多用されています。今回、超音波の強さを適切に調整する等の工夫により、動植物の生体組織を破壊することなく超音波洗浄する技術を開発しました。
超音波を用いて洗浄することにより、野菜・果物類の表面に付着する土ほこりや泥、雑菌、残留する農薬を落とし、食品添加物等を摂取するリスクをより小さくします。また、組織を破壊することなく肉類・魚介類を洗浄することにより食感を損なうことなく雑菌や臭みを軽減することが可能です。
上記の洗浄効果に加えて、超音波処理によって野菜・果物類が活性化し、みずみずしさがより日持ちすることが分かりました。さらに、肉類・魚介類の表層の空気酸化した過酸化脂質が除去され、食味が大きく改善しました。

食材を超音波洗浄する効用
◆植物食材
超音波処理によって、エチレン(注3)シグナルを抑制し気孔が閉じた状態が持続するため、しおれた植物が吸水して回復し、みずみずしさ、シャキシャキ感を長く持続するほか、さまざまな植物ホルモンの作用が変化することを明らかにしました(参考文献1)。

野菜・果物類における効用:(参考文献2)
1)表面に残留する土ほこり、泥汚れ、雑菌、農薬、ワックス、添加剤等が除去される。
2)レタス、白菜のような縮れた葉、ブロッコリー、エノキダケなどの複雑な形状のもの、モヤシなどの細い形状のものも洗浄が可能。
3)冷蔵庫内での日持ちが伸びる。
4)米研ぎが可能。超音波洗浄後は浸漬時間なしで炊飯器での炊飯が可能。

図1超音波洗浄により葉が広がった小松菜とホウレン草.jpg
図1:超音波処理により葉が広がった小松菜とホウレン草(超音波TECNO 誌, 尾田ほか, 2023)
(a)超音波処理が小松菜に与える影響水に浸漬しただけの小松菜(左)に比較して、超音波処理(10 min)した小松菜(右)ではしおれていた葉が拡がり、シャキシャキした食感が復活する。
(b)超音波処理したホウレン草も大きく葉を拡げる(詳細は参考文献1、2を参照)。

    

図2ホウレン草の葉の表面をクライオ走査型電子顕微鏡で観察.png    

図2:ホウレン草の葉の表面をクライオ走査型電子顕微鏡で観察
水洗い後のホウレンソウの表面にみられた多くの微粒子(土ほこりやバクテリア等)が超音波洗浄により除去される。

    

◆動物食材
出力を適正化した超音波を用いることにより、動物の軟組織(注4)を破壊することなく超音波洗浄できることを発見しました(参考文献2、3)。

肉・魚介類における効用:
1)表面に残留する泥汚れ、体液、粘液、雑菌、添加剤等が除去される(参考文献2、3)。
2)エビ、カニ、干物などの複雑な形状であっても洗浄が可能(参考文献2、3)。
3)保存中に空気酸化した表層の過酸化脂質が除去され、食味が改善する(参考文献2、3)。
4)プラスチック包装より表層の脂質に移入した微量の可塑剤(Corflex 880 等、注5)も除去される。

図3動物食材の超音波洗浄.png    

図3:動物食材の超音波洗浄(超音波TECNO 誌, 尾田ほか, 2023; アクアネット 誌, 尾田ほか, 2023)
(a)超音波によりアサリの殻表面の泥汚れが洗浄除去される様子の連続写真(動画1)。
(b)超音波洗浄によりアサリの表面に残留する雑菌が10分の1以下に減少した。
(c)エビや干物の洗浄も可能。

    

塩サバを超音波洗浄すると、表層の過酸化脂質が除去され食味が大きく改善されることを発見しました(図4、5)。同様の効果を他の魚介類、豚肉、鶏肉等においても確認しています(動画2〜4)。(参考文献2、3)

図4塩サバの超音波洗浄.png    

図4:塩サバの超音波洗浄(超音波TECNO 誌, 尾田ほか, 2023)
上)ノルウェー産塩サバを超音波洗浄した後にスライスし、黄色の円で囲った部分を、過酸化脂質を特異的に緑色に染色する蛍光指示薬 Liperfluo で染色し蛍光顕微鏡で検鏡した。
下)Liperfluo に濃染される過酸化脂質の層(赤矢じり)が除去されている。超音波のキャビテーション効果によってミセル化された過酸化脂質が噴流洗浄により除去されたものと考えられる。

    

図5超音波洗浄することによって塩サバがおいしくなるメカニズム.jpg    

図5:超音波洗浄することによって塩サバがおいしくなるメカニズム(アクアネット 誌, 尾田ほか, 2023)

    

〈動画〉

1.    アサリの超音波洗浄
https://youtu.be/nhCDRDQ4tzQ?si=f6a4p70FqWpLBVKk

2.    シジミの超音波洗浄
https://youtu.be/BvYMLi3FRIE?si=MidyxPdPcrk3xM8Z

3.    塩サバの超音波洗浄
https://youtu.be/wyeOqQs1K-g?si=I5T-p1G_krJK0-RG

4.    シャケの超音波洗浄
https://youtu.be/fv-i2eyWPrE?si=cAS2sBIZrbZK-O4E

5.    鳥もも肉の超音波洗浄
https://youtu.be/Xq_WC4nYugQ?si=XL1WzErZZAFEK2Tl

    

〈今後の展望〉

1.安全基準以下の残留農薬、食品添加剤、可塑剤等も洗浄除去することによって食の安全・安心をより深化し、医食同源による予防医療社会の実現を加速できます。
2.超音波が植物を活性化する新規の生命現象を解明し活用することにより、農業生産、流通に革新をもたらせる可能性があります。
食は動物にとって最大最強の環境因子です。良き食は健康に直結します。何かを加えておいしくするのではなく、何かを除去しておいしくなるのは、本当の「おいしさ」であり、それは体に良い「おいしさ」であるはずです。食は、心身の健康、社会が持続して発展する基礎であるとも言えます。食の安全・安心を追求するための研究を、今後も進めてまいります。

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〈参考文献〉
1.Ultrasonic treatment suppresses ethylene signaling and prolongs the freshness of spinach.
Oda S, Sakaguchi M, Yang X, Liu Q, Iwasaki K, Nishibayashi K. (2021)
Food Chemistry: Molecular Sciences. 2, 100026. 
〈DOI〉doi.org/10.1016/j.fochms.2021.100026
2.尾田正二, 坂口正明, 奥野雅也, 増田大樹(2023) 食材への超音波洗浄の適用
超音波techno. 2023. 35 (1), 46-52.
3.尾田正二, 坂口正明, 奥野雅也, 増田大樹(2023) 水産食材の超音波洗浄とその効果
アクアネット. 2023. 5, 40-44.

    

発表者

東京大学大学院新領域創成科学研究科
    尾田 正二 准教授

    

関連特許

日本国特許第5863557号 超音波洗浄装置
日本国特許第6095087号 超音波処理装置、及び超音波処理方法
日本国特許第7265674号 超音波洗浄装置およびその製造方法
日本国特許第7265675号 超音波洗浄の制御方法、プログラムおよび装置
日本国特許第7298042号 超音波洗浄の制御方法、プログラムおよび装置
日本国特許第7329710号 超音波洗浄装置

    

用語解説

(注1)過酸化脂質:
脂質を構成する不飽和脂肪酸が酸素や活性酸素によって酸化されて生成される。

(注2)キャビテーション効果:
水中で超音波を発生させると無数の小さな気泡が発生と消滅を急激に繰り返し、気泡が消滅する際に強力な衝撃波が発生する。この衝撃で洗浄するのが超音波洗浄。

(注3)エチレン:
生長や花芽形成を抑制し果実の追熟や開花を促す植物ホルモン。リンゴと一緒にバナナを置くと成熟が早まるのは、リンゴが発生させるエチレンによるもの。

(注4)軟組織:
動物の硬組織(骨、歯、外骨格など)を除いた、皮膚、筋肉、脂肪、内蔵器などのやわらかい組織の総称。

(注5)可塑剤:
プラスチックなどに柔軟性を持たせるために添加されている化学物質。

    

関連研究室

先端生命科学専攻 動物生殖システム分野

    

お問い合わせ

新領域創成科学研究科広報室

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