記者発表

凝集化するタンパク質1分子の励起運動を初観察! ―アルツハイマー病などの新治療戦略へ期待―

投稿日:2017/11/02
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会見日時

2017年 10月31日(月)14:00 ~ 16:00

会見場所

東京大学本郷キャンパス 山上会館 地階会議室001
http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_00_02_j.html

発表者

佐々木 裕次 (東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授 /産総研-東大オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ) )

発表のポイント

◆タンパク質数十個の分子が凝集する過程で、激しいブラウン運動(注1)を伴う分子凝集体(ネットワーク)の形成と崩壊が繰り返されていることを世界で初めて観察した。

◆凝集時のタンパク質1分子の動態を高精度に観察できる高速計測技術を確立し、無機・有機・タンパク質系において共通する局所励起運動を特定した。

◆アルツハイマー病などの発症と強く関わるとされる分子凝集プロセスの1分子観察が可能となり、分子凝集化を制御・抑制する全く新しい治療戦略の可能性に道をつけた。

発表概要

 生体内タンパク質分子の異常凝集として有名なアミロイドーシス(注2)は、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経系疾患から、II型糖尿病などの内分泌疾患、プリオン病など20種類以上に及ぶ疾患との関係が議論されています。しかし、それぞれの疾患に対する有効な治療法は現在まで確立されていません。これら未解決の主原因として、生体内溶液中でのタンパク質分子の動的な振る舞いに関する情報の欠如が挙げられます。本研究では、タンパク質溶液の局所的な1分子動態観測とその計測技術の確立を目的とし、凝集化プロセスのモデルケースとして、過飽和溶液(注3)条件下での分子凝集に着目しました。
 東京大学大学院新領域創成科学研究科(産業技術総合研究所-東京大学 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ兼務)の佐々木裕次教授、大阪大学、神戸大学及び(公財)高輝度光科学センターの研究グループは、X線1分子追跡法(Diffracted X-ray Tracking; DXT)(注4)を応用し、過飽和溶液中のタンパク質分子(リゾチーム)の凝集化プロセスにおいて、タンパク質分子内部及びその周辺が激しく運動していることを観測しました。この結果を詳細に解析したところ、この激しい運動は、フェムトニュートン(注5)という非常に微弱な力場(注6)を形成していることが分かりました。これは、激しいブラウン運動を伴う分子凝集体(ネットワーク)の形成と崩壊が繰り返されていることを示しています。これらの研究成果により、アルツハイマー病などの発症プロセスと強く関わるタンパク質凝集プロセスを1分子観察できるようになったので、将来的に過飽和現象を利用した全く新しい治療戦略を展開する可能性が出てきました。

発表内容

 難病に関わるタンパク質分子系において、溶解度よりも多くの分子を含む溶液状態で、1分子に着目した動態情報を抽出することは全く不可能でした。 本研究グループが用いた超高感度1分子計測法であるDXTは、直径20-80ナノメートル(nm)の超微小金ナノ結晶をタンパク質分子の目的のアミノ酸位置に化学標識し、 ナノ結晶の運動(方位)をX線回折観察から高速時分割追跡できます。本技術・コンセプトは、1998年に佐々木裕次教授によって考案・実証されました。 現在、DXTは世界最高精度で最高速度を誇る1分子動態計測技術です。このDXTは、今まで、1分子の高速計測を目的として利用されてきましたが、 今回初めて、タンパク質分子のナノ微小領域(注7)動態計測に適用できることが分かりました。特に、実験で確認されていない結晶化前駆体が存在すると言われているタンパク質溶液条件下での測定を試み、 タンパク質分子に標識した金ナノ結晶1粒子の回転動態を高精度(並進運動に換算するとピコメートル=1/1000ナノメートル)かつ高速(マイクロ秒)で実計測することに成功しました。DXTは、大型放射光施設SPring-8(注8)の 高輝度準単色X線が利用できるビームライン(BL40XU)において実験を行いました。
  本実験より、マイクロ秒時間スケールにおいて、 安定なタンパク質溶液(10 mg/mlリゾチーム)状態では、ナノ結晶動態回転速度が3.7 ミリラジアン(mrad)にピークを持つ一方で、凝集状態(20 mg/mlリゾチーム)になると、 新たに9.5 mradのピークが現れることを確認しました。この結果は、 佐々木教授のグループが2015年に発見した無機物質での励起運動でも確認された溶質密な条件下でのイオンネットワーク構造の存在を示唆するものであり、無機・有機系だけでなく、 タンパク質分子でも共通する動態特性を確認したことになります。 また、この激しいブラウン運動を金ナノ結晶に加わる力として換算すると、フェムトニュートンという微弱な力場が関与していることも確認できました。 この動的凝集現象こそ、析出してもおかしくない高濃度条件において、タンパク分子が激しく動くことで、結晶化せずに溶液状態を保持できる重要な物理現象であると考えています。 本研究成果は、ネイチャー・パブリッシング・グループ(Nature Publishing Group)電子ジャーナル「Scientific Reports」のオンライン速報版で11月1日に公開されます。
  なお、本プレス発表は、東京大学、産業技術総合研究所、大阪大学、神戸大学及び、(公財)高輝度光科学研究センター(SPring-8/JASRI)との共同発表です。また本研究は、平成26年度(2014年度) 採択の科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究領域提案型)「3D活性サイト科学」(領域代表 奈良先端科学技術大学院大学 大門寛 教授)の研究課題名「バイオロジーにおける3D活性サイト科学 」(研究代表 佐々木裕次 教授)及び、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)の研究開発領域「生体恒常性維持・変容・破綻機構のネットワーク的理解に基づく最適医療実現のための技術創出」(研究開発代表 黒尾誠 教授)※における研究開発課題「リン恒常性を維持する臓器間ネットワークとその破綻がもたらす病態の解明」の支援を受けて実施されました。 ※なお、本研究開発領域は、平成27年4月の日本医療研究開発機構の発足に伴い、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)より移管されたものです。

発表雑誌

雑誌名: Scientific Reports (オンライン版11月1日掲載)
論文タイトル: Nanoscale Dynamics of Protein Assembly Networks in Supersaturated Solutions
著者: Y. Matsushita1, H. Sekiguchi2, JW. Chang1,5, M. Nishijima3, K. Ikezaki1, D.Hamada4, Y. Goto3, Y.C. Sasaki 1,2,5(Corresponding author: Y. C. Sasaki)
1 東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻, 2公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI/SPring-8), 3大阪大学, 4神戸大学, 5 産総研-東大 OPERANDO-OIL

DOI番号:10.1038/s41598-017-14022-7
アブストラクトURL:www.nature.com/articles/s41598-017-14022-7

用語解説

(注1)ブラウン運動
溶液中に存在する微小粒子(ここでは金ナノ結晶)に見られるランダムな粒子の動き(回転と並進)。ブラウン運動の解析から、溶液の粘性や密度、流速などの詳細な情報を求めることができます。

(注2)アミロイドーシス
アミロイドーシスは、一般に繊維構造をしており、水に溶けづらい不溶性タンパク質分子であるアミロイド(Amyloid)によって構成され、臓器に沈着し機能障害をおこす疾患の疾患群として定義されています。そのアミロイドは、電子顕微鏡で観察すると直径8?15nmの繊維構造を呈する物質として知られています。生体に存在する様々なタンパク質分子は、アミロイド状態になることがすでに知られています。

(注3)過飽和溶液
通常の溶液が溶かすことができる物質量の限度を超えているにも関わらず、析出することなく安定に存在できる溶液状態です。この現象は無機物質から有機物質、さらにはタンパク質分子まで幅広い溶液群に見られます。過飽和現象は、結晶化技術の中核を担うだけでなく、潜熱現象(結晶化する際の発熱現象)を応用した熱貯蔵技術や、難溶性薬物の効率的な体内輸送を目的とした薬剤開発、ナノ材料作製時の形態制御(形やサイズ、単分散性)など、医療から産業分野まで幅広く応用されています。

(注4)X線1分子追跡法(Diffracted X-ray Tracking; DXT)
数十ナノメートルの金ナノ結晶を動態特性の評価をしたい分子や集合体に標識し、金ナノ結晶の動きを、金ナノ結晶からのX線による回折ラウエ斑点の動きとして高速時分割追跡する手法。佐々木裕次教授が1998年に考案し、2000年に発表し、今までに多くのタンパク質1分子の内部運動を計測して発表してきました(Physical Review Letters, Physical Review, BBRC, Cell, Biophysical J., Scientific Reports など)。原理は上図。動的な分子集合体(不均一構造物質)を検出する方法は現在のところ、DXTしか存在しません。

(注5)フェムトニュートン
フェムト(femto, 記号:f)は国際単位系(SI)における接頭辞の一つで、基礎となる単位の 10-15倍(=0.000000000000 001倍、千兆分の一)の量です。ニュートン(newton, 記号: N)は、国際単位系 (SI) における力の単位。1ニュートンは、1キログラムの質量をもつ物体に1メートル毎秒毎秒 (m/s2) の加速度を生じさせる力。例えば、ナノ粒子のブラウン運動を抑えることのできる力が数フェムトニュートン(1kg のおもりに働く重力の1京分の1)と言われており、これはナノ粒子に働く重力や粘性力よりも大きいと言われています。グラム数で言えば、1000兆分の1グラムになります。直径0.1マイクロメートルの水滴にかかる重力とも言い変えられます。

(注6)微弱な力場
物体に働く力が物体の位置によって一義的に定まる空間領域。今回の計測では、基本的にタンパク質1分子のブラウン運動を計測しています。通常の自由ブラウン運動では、力場はなく、全くの自由な運動をしているランダムな運動と時間の関係が計測されます。今回の実験結果では、時間とともに運動が増大される効果が確認されました。この力場がタンパク質分子の凝集集合体の形成に関わっていると考えられています。

(注7)ナノ微小領域
ナノ(nano、記号: n)は国際単位系 (SI) における接頭辞の一つで、基礎となる単位の10-9倍(=十億分の一、0.000000001倍)の量です。1ナノメートル = 0.000000001メートル。DXTによって標識された金ナノ結晶の運動は、被標識体の運動だけでなく、その周りの水分子運動までも計測できることが分かってきました。その領域がナノ微小領域です。

(注8)大型放射光施設 SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、(公財)高輝度光科学研究センター(JASRI)が運転と利用者支援を行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っています。