記者発表

重要なキーマテリアルの1つ 「透明で高い粘り強さを持つ材料」を簡単に調製することに成功!

投稿日:2018/10/15 更新日:2023/02/06
  • 記者発表

 

 名古屋大学大学院工学研究科の 竹岡 敬和 准教授の研究グループは、東京大学大学院新領域創成科学研究科の 劉 暢 大学院生、眞弓 皓一 特任講師、伊藤 耕三 教授らと共に、滑車状のポリロタキサン注1)という分子を架橋剤注2)に利用することで、力学的に丈夫で光学的に透明なエラストマー注3)を調製することに成功しました。
 エラストマーは、架橋された高分子材料の1種であり、力が加わると大きく伸び、その力を除くと元の状態に戻るという性質を持つ。力学特性を改良した様々なエラストマーが、自動車や飛行機のタイヤ、スポーツ用品、高層ビルの防振材料など、我々の生活の様々な場面で役に立っています。人の未来の生活を支えるために、今後の発展が期待される高度先進医療分野、フレキシブルディスプレイ注4)、ソフトロボット注5)の開発などにおいても、エラストマーは重要なキーマテリアルとしての役目を担うに違いありません。これらの先進技術を実現する上で、光学的に透明で優れた力学特性を示すエラストマーを開発することが、これからの重要な命題になると思われます。しかし、従来の架橋構造を持つエラストマーの伸張性と弾性率の増大は、二律背反関係にあるため、硬さを保ちつつ、エラストマーの靱性(じんせい)注6)を向上させることは容易ではありません。また、これまでの方法によるエラストマーの力学的強度の向上には、カーボンブラックやシリカ微粒子などのフィラー注7)をエラストマー中に大量に混練する必要がありました。その結果、光学的な透明性も損なわれてしまうのです。
 今回の研究では、滑車状のポリロタキサンを架橋剤として、ごく少量利用することで、アクリル系の高分子から成る無色透明で高靱性なエラストマーの開発に成功しました。
 本研究は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の1つである「超薄膜化・強靱化「しなやかなタフポリマー」の実現」(伊藤耕三プログラム・マネージャー、http://www.jst.go.jp/impact/shinayaka/index.html))の一環として取り組んだ研究成果であり、将来的に安全・安心・低環境負荷という社会的ニーズに貢献する産業全般に広い波及効果をもたらすことが期待されます。 本研究成果は、2018年10月13日付け(日本時間午前3時)発行のAmerican Association for the Advancement of Scienceが発刊する『Science Advances』誌に掲載されます。

 

研究背景と内容

エラストマーは、加荷重に対して柔軟に変形し、さらには、元に戻るという柔軟性と弾性回復性を示すことから、自動車、航空機、建築物、スポーツ用品など様々なものに利用されています。また、今後の発展が期待されるクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)の向上を支える医療用製品、ウェアラブルデバイス注8)に利用可能なフレキシブルディスプレー、人類と共存できる柔らかなソフトロボットの開発などにおいてもエラストマーは欠かすことができない材料の一つです。このような製品の開発のニーズにあったエラストマーの物性には、柔軟性弾性に加え、材料としての粘り強さも求められています。目的とする用途に適合したエラストマーの開発には、適切な素材選びと、必要とする物性発現を実現するための新機軸が必要となると考えられています。
 高分子材料をエラストマーとして用いるには、高分子材料がしなやかな状態でなければなりません。硬い高分子材料でも可塑剤注9)を添加すれば、しなやかになりますが、時間が経つと可塑剤が外に溶け出すブリード現象注10)が生じ、エラストマーの劣化や表面が汚染されてしまいます。可塑剤の中には人の健康への影響が懸念されるものがあり、人と直接触れるような目的でエラストマーを利用する場合、可塑剤を含むエラストマーは安全面でも危惧されています。ブリード現象がなく安全性の高いエラストマーを得る方法としては、ガラス転移温度注11)がエラストマーを使用する温度よりも十分に低い高分子を利用すればよいと考えられています。このような状態の高分子鎖に緩やかな橋かけ構造を施すことで、可塑剤がなくともエラストマーを調製できるからです。橋かけを施したエラストマーの破断伸び注12)(λmax)は、エラストマーを構成する高分子鎖の架橋点間分子鎖長注13)に比例することが一般的に知られています。そのため、同じ素材で架橋密度を変えることにより、エラストマーの力学物性を調節できますが、架橋密度を増やして弾性率を大きくすると、伸びが急激に損なわれてしまうことが大きな問題となっています。一般的には、従来の架橋構造を有するエラストマーの伸張性および弾性率の増大は二律背反の関係であり、エラストマーの靱性を向上させることは容易ではありません
 従来の架橋構造からなるエラストマーを高靱性にする方法として、カーボンブラックやシリカ微粒子などのフィラーをエラストマー中に大量に充填することが有効であると知られています。しかし、必要量のフィラーをエラストマー中に高充填するには、フィラーがエラストマーを構成する高分子材料中に良好に分散できる状態にすることや適切な混練方法の利用などが必要となり、様々な高分子材料に適用することは必ずしも容易ではないのです。また、エラストマーへのフィラーの添加は、材料の透明性が損なわれる場合が多く、フレキシブルディスプレー、ソフトロボティクスへの利用には不都合が生じます。他にも、様々な方法で、伸張性と弾性率の増大に伴う靱性の向上が取り組まれていますが、その多くが煩わしい調製方法を利用して、極めて複雑な構造体の構築を行っています。そのため、どのようなメカニズムによって靱性の向上が実現されているのかを明らかにすることも困難な系が多いのです。
 本研究では、高靱性なエラストマーをより簡単に作るために、ポリロタキサン(PR)を架橋剤に用い、従来の架橋とは異なる新しい架橋様式をエラストマー構造に導入する方法を試みました。ポリエチレングリコール(PEG)とα-シクロデキストリン(α-CD)から形成されるPRは、環状のα- CDが直鎖状のPEGに沿って、自由に動くことができることが知られています。このα- CDに、様々なビニルモノマー注14)と反応可能なビニル基を修飾すれば、PR上に多数のビニル基が存在するようになることから、様々な高分子からなる3次元網目を簡単に調製するための架橋剤として利用できます。このようなポリロタキサン架橋剤(PR架橋剤)(図1)を用いて、エラストマーを合成すれば、得られたエラストマー内の架橋点は滑車のような動きをするため(図2)、従来の架橋剤を用いて得たエラストマーに比べて、架橋点が広範囲で自由に動く超分子ネットワークを作ることができるようになります。架橋点が動くことによりエラストマー内での高分子鎖の動く範囲が増えれば、外から力が加わることでエラストマーの変形により生じるエネルギーが散逸するため、靱性の向上が期待できます。実際に、メタクリレート系のモノマーと共に、このPR架橋剤を重合してエラストマーを作ったところ、従来の架橋様式によって調製した同じメタクリレート系のモノマーからなるエラストマーに比べて、靱性が飛躍的に向上することが分かりました(図3)。

図1 ポリエチレングリコール(PEG)とα-シクロデキストリン(α-CD)から形成される

ポリロタキサン(PR)にビニル基を修飾することで合成したポリロタキサン架橋剤(PR架橋剤)

図2 エラストマー中で、分子状滑車として作用するポリロタキサン架橋剤の概念図。

矢印の方向はエラストマーを伸長させた方向を示す

図3 ポリロタキサンを架橋剤として調製した透明で高靱性なエラストマー

ポイント

 分子状滑車注15)として作用するポリロタキサン架橋剤を利用することで、力学的に強靭で光学的に透明なエラストマーを開発することに成功しました(ポリロタキサンは、分子マシン注16)として作用しうることでも知られています)。従来のような大量のフィラーを添加することなく、少量のポリロタキサン架橋剤を利用するだけで、高靱性なエラストマーを光学的に透明な状態で調製することが可能になりました。

成果の意義

 今後の発展が期待される高度先進医療分野、フレキシブルディスプレイ、ソフトロボットの開発などにおいて、重要なキーマテリアルの一つとなる光学的に透明で高靱性なエラストマーの開発に繋がります。

用語説明

注1)ポリロタキサン:環状の分子と線状の高分子鎖から形成されたネックレスのような形状をした分子。ポリロタキサンから環状分子が容易にはずれないように、線状分子の両末端には嵩高い官能基が修飾されている。アドバンスト・ソフトマテリアルズ(株)のホームページ(http://www.asmi.jp/tec2)を参照

注2)架橋剤:高分子鎖間に橋を架けたような結合を作る化合物。予め、重合して高分子化するモノマーと反応させることで作る場合と、高分子に直接橋架け反応を行うことによって作る場合がある。

注3)エラストマー:ゴム弾性を示す架橋高分子材料の総称

注4)フレキシブルディスプレイ:柔軟性を備えた表示装置

注5) ソフトロボット:従来の硬い金属などでできたロボットとは異なり、人と直接ふれあったり、共存できるような柔らかな素材で覆われたロボット

注6)靭性:材料の粘り強さ、外力に抗して破壊されにくい性質

注7) フィラー:充填剤。エラストマーに大量に充填して、力学的強度の向上を行う材料。
しなやかなタフポリマー:内閣府の革新的研究開発推進プログラムImPACTにおいて、伊藤耕三PMが牽引したプログラムにて行われた研究の目標の一つ。本プログラムは、従来の限界を超える薄膜化と強靱化を同時に達成する「しなやかなタフポリマー」の実現を目指した。

注8) ウェアラブルデバイス:ウデや頭部など、体に装着して利用することを想定したデバイスの総称

注9) 可塑剤:樹脂に添加して、柔軟性を改良する化合物の総称

注10)ブリード現象:樹脂に添加した可塑剤が、表面に出て、塗料などと反応して変質する現象

注11)ガラス転移温度:高分子物質を加熱すると、ガラス状の硬い状態からゴム状に変わる現象をガラス転移と呼び、その温度をガラス転移温度という。

注12)破断伸び:破断する状態までのサンプルの伸び

注13)架橋点間分子鎖長:架橋を施した高分子網目の架橋点の間に存在する高分子鎖の長さ

注14)ビニルモノマー:エチレンから水素を一つ取った"H2C=CH-"の構造を有する基のひとつ。"ビニル"は、IUPACの命名法の慣用名。ビニル基を有し、重合して高分子化する化合物をビニルモノマーと呼ぶ。

注15)分子状滑車:滑車のような動きをする分子。以下のページを参照のこと:http://www.asmi.jp/tec2

注16)分子マシン:複数の分子が非共有結合によって秩序だった集合体を形成し、新しい物性や機能を示す分子。"ポリロタキサン"の他に、環状の分子が複数連なった"カテナン"などもある。2016年度のノーベル化学賞の対象となった

論文情報

雑誌名: Science Advances
論文タイトル:Optically Transparent, High Toughness Elastomer Using a Polyrotaxane Cross-linker as a Molecular Pulley
著者名:後藤 弘旭1、原 光夫1、関 隆広1、Abu Bin Imran1,3、劉 暢2、眞弓 皓一2
伊藤 耕三2、竹岡 敬和1
所属:名古屋大学大学院工学研究科1、東京大学大学院新領域創成科学研究科2、バングラデシュ工科大学工学部化学科3
DOI:10.1126/sciadv.aat7629

【研究者連絡先】
名古屋大学大学院工学研究科
准教授  竹岡 敬和(たけおか ゆきかず)
TEL:052-789-4670  FAX:052-789-4669
E-mail:ytakeoka@chembio.nagoya-u.ac.jp

【報道連絡先】
名古屋大学総務部総務課広報室
TEL:052-789-2699  FAX:052-789-2019
E-mail:kouho@adm.nagoya-u.ac.jp