記者発表

原子スケールの究極的な化学分析 ー 試料採取プローブの先端に付着した1つの原子の元素識別に成功 ー

投稿日:2020/03/13 更新日:2024/12/24
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東京大学

発表のポイント

◆鋭い針先端に付着した1つの原子を元素識別できることを世界で初めて実証した。

◆原子間力顕微鏡によって2原子間に働く化学結合エネルギーを測定して元素識別した。

◆本手法によって、さまざまな実材料を原子スケールで化学分析する道が拓けた。

発表概要

カナダ・アルバータ大学物理学専攻の小野田穣リサーチアソシエイトと東京大学大学院新領域創成科学研究科の杉本宜昭准教授らの研究グループは、単一原子の元素識別という究極的な化学分析法を開発しました。隕石等の固体試料から細胞等の生体試料まで、その一部を採取する際はプローブと呼ばれる特殊な棒を対象に接触させ、プローブ先端に付着した試料の分析を行います。
本研究グループはプローブ先端に付着した1つの原子の元素識別という究極的な化学分析法を開発しました。プローブ先端に付着した分析対象の原子を既知の原子に近づけ、プローブに働く化学結合エネルギーを測定することで、元素識別を行いました。本手法によって原子スケールの新たな化学分析への道が拓けたため、今後の材料探索や分析化学の分野に大きく貢献することが期待できます。

発表者

小野田 穣(アルバータ大学物理学専攻 リサーチアソシエイト)

杉本 宜昭(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授)

発表内容

隕石等の微小な破片を採取するマニピュレータや、口腔内の細胞を採取する綿棒など、棒状の探査針はしばしば「プローブ」と呼ばれます。プローブ先端に付着した試料は、後に別の装置に移送され化学分析やDNA解析等が行われます。先行研究において、プローブ先端の原子構造に関する研究は行われていましたが、原子種を識別することは非常に困難でした。この度、本研究グループはプローブ先端に付着した1つの原子を元素識別するという究極的な化学分析法を開発しました。

本研究グループは、まずプローブ先端の原子を元素識別する方法を提案しました。基板表面上に既知の原子を2種類用意し、プローブ先端に付着した分析対象の原子を、それらの既知原子に精密に近づけます(図1)。そして、分析対象の原子と既知原子との間に働く化学結合エネルギーを計測します。得られた2つの化学結合エネルギーの組をポーリング(注1)の化学結合論で得られる予測値と比較することによって、分析対象の原子の元素を識別することができます。具体的には、1つ目の既知原子との化学結合エネルギーの値を横軸に、2つ目の既知原子との値を縦軸にしたグラフに計測値をプロットします(図2の星印)。ポーリングの化学結合論によると、分析対象の原子の元素1つに対して1つの直線が描けます。したがって、実験で得られたプロットが、どの元素の直線にのるかによって、元素を識別できます。

次に、本研究グループは原子間力顕微鏡(AFM、注2)と呼ばれる装置を用いて、それを実証することに成功しました。検証実験として、シリコン製のプローブにアルミニウムを付着させて、プローブ先端の原子の元素識別を行いました。この場合、プローブ先端の原子としてシリコン(Si)とアルミニウム(Al)の2つの可能性があります。そこで、図3に示すような化学結合エネルギー測定を、59個の異なるプローブを用いて行いました。すると、図4のような結果が得られました。1つのプローブの結果が1つのプロットに対応します。ポーリングの化学結合論から予想されるSiとAlに対応する直線と比較すると、実験で得られたプロットは、2つの直線のどちらかに分類できることがわかります。つまり、各々のプローブにおいて、先端に付着している原子がSiであるかAlであるかが明確に識別できたことになります。

さらに、本研究グループは先端の原子が識別されたプローブを用いた応用実験も行いました。以前の研究により、AFMによって試料表面の単原子の電気陰性度が測定できることを示していましたが、解析の一部に理論計算によるサポートが必要でした。今回、元素識別されたプローブを用いることで、実験のみで表面原子の電気陰性度を決定できることが分かりました。

今回開発された元素識別法により、構成元素が不明、かつ、構造が不規則な実材料表面に対しても、元素分析への道が拓かれました。すなわち、AFMにより実材料表面を観察して、任意の場所にプローブを接触させその先端に原子を付着させ、その原子を元素識別できます。よって、汎用性の高い原子スケールの元素識別法が確立されたと言えます。本研究で、さまざまな実材料表面に対する原子スケールでの化学分析が可能となったので、今後の材料探索や分析化学の分野において大きな貢献をしていくことが予想されます。

発表雑誌

雑誌名:「Nano Letters」(オンライン:3月12日付け 第20巻 (2020年)2000頁)

論文タイトル:Chemical identification of the foremost tip atom in atomic force microscopy

著者: Jo Onoda*, Hiroki Miyazaki, and Yoshiaki Sugimoto*

DOI:10.1021/acs.nanolett.9b05280

用語解説

(注1)ライナス・ポーリング(Linus Pauling)

ポーリングは20世紀で最も重要な化学者の一人である。化学結合の本質を著した教科書「化学結合論(The Nature of the Chemical Bond)」は古典的名著であり、化学界への多大な貢献によって1954年にノーベル化学賞を受賞した。また、核兵器に対する反対運動によって1962年にノーベル平和賞も受賞しており、単独でノーベル賞を2度受賞した数少ない人物の一人である。

(注2)原子間力顕微鏡 (AFM)

鋭い針(探針)を観察対象(試料)に近づけて、探針先端の原子と試料表面の原子との間に働く力を測定することで試料表面を観察する顕微鏡。探針を取り付けた板バネのたわみを検出することによって、探針先端の原子と試料表面の原子の間の微小な力や結合エネルギーを測定することができる。

添付資料

図1

プローブ先端の原子の元素識別の模式図。赤い球と青い球は基板上の既知の原子を表す。その既知原子にプローブ先端の原子を近づけて、化学結合エネルギーを計測して元素識別する。

図2

元素識別の原理を示す模式図。基板に固定された既知の原子を2種類用意する(赤丸と青丸)。そこにプローブ先端に付着した分析対象の原子を近づけ、化学結合エネルギーを計測する。そして、得られた数値をグラフにプロットする(黄色の星印)。ポーリングの化学結合論で予想される直線と比較することによって、原子が識別できる。模式図の例では、分析対象の原子が元素cであることがわかる。

図3

AFMによるエネルギーカーブの計測の例(1 A (オングストローム) = 10-10 m)。エネルギーカーブの極小値が化学結合エネルギーであり、元素識別に用いられる。

図4

化学結合エネルギーの散布図。1つのプローブで得られた結果が1つのプロットに対応する。ポーリングの化学結合論による予想直線が描かれている。赤い実線がSi原子で、青い破線がAl原子に対応する。それぞれのプローブにおいて、先端の原子がSiであるかAlであるかが明確に識別できている。