記者発表

サルモネラ菌の休眠・薬剤耐性に関与するタンパク質の機能を解明
病原性細菌に対する新しいタイプの薬剤開発に期待

投稿日:2021/12/22
  • 記者発表

東京大学
科学技術振興機構

発表のポイント

◆ 病原性細菌であるサルモネラ菌の休眠や薬剤耐性獲得に関与するタンパク質(TacT)の機能と、その特異性の分子メカニズムを明らかにしました。

TacTが一種類のアミノアシルtRNAのみをアセチル化する活性を有することを明らかにし、その特異性の詳細な分子基盤を提示しました。

◆ 今後、このタンパク質のアセチル化活性を阻害して病原性細菌の休眠や薬剤耐性獲得プロセスを阻害する新しいタイプの薬剤開発が期待されます。

発表概要

抗生物質にさらされた病原性細菌のごく一部には、遺伝子の変化を伴わずに活動を停止する休眠状態になって生き残り、抗生物質などの薬剤に対して耐性を示す細菌細胞(Persister cell:パーシスター細胞)が生じます。この細菌細胞は抗生物質を用いた細菌感染症治療後の感染症再発に関与することが示唆されています。細菌が保有する休眠や薬剤耐性に関与する遺伝子の発現調節機構と、そのタンパク質の機能の解明は、細菌感染症における病理学的、臨床学的な側面から重要です。

東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻の八代悠歌特任研究員、張楚翹氏(研究当時)、富田耕造教授らの研究グループは、東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻の鈴木勉教授らとの共同研究において、病原性細菌の一種であるサルモネラ菌(Salmonella Typhimurium)のパーシスター細胞の形成誘導に関与するTacTタンパク質が、特定のアミノアシルtRNA注1)をアセチル化修飾し、それによりタンパク質合成を阻害する分子機構を明らかにしました。本研究成果はこの酵素のアセチル化活性を阻害し、病原性細菌の休眠や薬剤耐性獲得プロセスを阻害する新しいタイプの薬剤の開発の分子基盤を提供し、健康の増進、疾病の予防に寄与することが期待されます。本研究成果は、12月21日付けで「Cell Reportsにオンライン掲載されました。

発表内容

トキシン-アンチトキシン(Toxin-AntitoxinTA)モジュールは、トキシンとアンチトキシンの遺伝子対からなるオペロン注2)で、多くの細菌に存在します。通常の生理的条件下では、トキシンの活性・機能は、アンチトキシンによって抑制されています。細菌が環境ストレスを受けると、アンチトキシンは分解されるため、トキシン活性抑制が解除されて、活性化します。TAモジュールに含まれるトキシンの活性は多岐にわたり、DNA複製、転写、翻訳、細胞壁合成など細菌の細胞内での必須プロセスを阻害し、細菌の増殖停止を引き起こし、細菌は休眠状態(dormancy)に入ります。TAモジュールは、細菌がストレス環境下で細菌自身の増殖を抑制し、休眠・活動休止を誘導することにより、さまざまな環境条件下で生存していくためのシステムであると考えられています。また、病原性細菌のTAモジュールは、抗生物質にさらされた細菌のごく一部が遺伝子の変化を伴わずに抗生物質耐性を示す細菌の抗生物質耐性持続性(Persistence: パーシスタンス)に関与していることも示唆されています。

最近発見された細菌のパーシスタンスに関与するGNATGCN5-related acetyltransferase)トキシンは、アセチルCoAをアセチル基供与体とし、アミノアシルtRNAのアミノアシル部位のαアミノ基をアセチル化することによりタンパク質合成を阻害します。GNATトキシンは、2016年に初めてサルモネラ菌において同定されました。サルモネラ菌、Salmonella TyphimuriumとS. Enteritidisのゲノムには、TacTTac2TacT3の三つのGNATトキシン遺伝子が存在します。それぞれのGNATトキシン遺伝子の欠失によって、マクロファージ注3)内でのサルモネラ菌のパーシスター細胞の形成(パーシスタンスを示す細菌細胞をパーシスター(persister)細胞と呼びます)が抑制されることから、GNATトキシンがマクロファージ感染時のサルモネラ菌のパーシスター細胞形成を促進し、その結果、感染症の薬剤抵抗性、感染症の再発につながることが明らかになりました。アミノアシルtRNAを標的とする同様なGNATトキシンは腸管出血性大腸菌や肺炎棹菌(かんきん)、赤痢菌などの病原性細菌にも存在し、それぞれのGNATトキシンの標的アミノアシルtRNAも多様性に富んでいることが報告されています。しかし、これらのGNATトキシンの特異性の分子基盤については明らかになっていませんでした。

本研究では、サルモネラ菌 (Salmonella Typhimurium)のトキシンTacTに注目しました。まず、TacTの標的となる細菌内アミノアシルtRNAを質量分析で解析したところ、細菌内でのTacT発現誘導によって、二十種類存在するアミノアシルtRNAのうちグリシンを受容したtRNAGlyGly-tRNAGly)のみが唯一アセチル化を受けることが分かりました。さらに、試験管内で各種アミノアシルtRNA のアセチル化の生化学解析を行った結果、TacTGly-tRNAGlyを他のアミノアシルtRNAと比較して、酵素学的に数十倍以上効率よくアセチル化することが分かりました。よって、TacTGly-tRNAGlyを特異的にアセチル化する酵素であることが明らかになりました。

次に、TacTによるGly-tRNAGlyの特異的アセチル化の詳細な分子基盤を明らかにするため、TacTとアセチル化されたGly-tRNAGlyAcGly-tRNAGly)の複合体の三次元構造をX線結晶構造解析にて決定しました。二量体 TacTに二分子のtRNAが結合し、TacT二量体分子のサブユニット接触境界領域にまたがってtRNAGlyのアクセプター領域が結合することが分かりました。TacTtRNAGlyのみに見出されるU73(識別塩基)とアクセプター内のC2-G71の両方を特異的に認識していることが明らかになりました。tRNAの変異体を用いた生化学的解析、TacT変異体の細菌内での機能解析により、TacTtRNAGlyのみに見られる上記特異的な塩基配列を認識しているだけでなく、3'末端に受容しているアミノ酸の大きさも識別していることも明らかになり、TacT Gly-tRNAGly 特異的、かつ選択的なアセチル化の詳細な分子基盤の詳細が明らかになりました(図)。

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図:サルモネラ菌のTacTはGly-tRNAGlyを特異的にアセチル化してタンパク質合成を阻害する。

同様なGNATトキシンは他の多くの病原性細菌においても報告されていますが、それらの特異性は未だに明らかにされていません。今回、サルモネラ菌のTacTGly-tRNAGly を特異的、選択的にアセチル化する分子機構が明らかにされましたが、特異的なGly-tRNAGly のアセチル化によるタンパク質合成の阻害とサルモネラ菌のパーシスター細胞形成の関係については、今後の解析が待たれます。また、病原菌由来のGNATトキシンの詳細な基質認識の分子機構やGNATトキシンの特異性の差異の分子基盤を明らかにすることにより、食中毒、感染症の原因となる病原性細菌の休止状態や薬剤耐性獲得プロセスを阻害し、病原性細菌の抗生物質に対する感受性を増幅する新たな薬剤の開発への技術的基盤の提供が期待できます。

*本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業 若手研究(19K16069)、基盤研究A18H03980)、基盤研究S18H05272)、文部科学省科学研究費助成事業 新学術領域研究(26113002)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(ERATO, JPMJER2002)などの支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名:Cell Reports(オンライン版:1221日)

論文タイトル:Molecular basis of glycyl-tRNAGly acetylation by TacT from Salmonella Typhimurium

著者:Yuka Yashiro, Chuqiao Zhang, Yuriko Sakaguchi, Tsutomu Suzuki and Kozo Tomita*

DOI番号: 10.1016/j.celrep.2021.110130

URL: https://doi.org/10.1016/j.celrep.2021.110130

発表者

八代 悠歌(東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻 特任研究員)

楚翹(研究当時:東京大学大学院新領域創成科学研究科 修士課程)

坂口裕理子(東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 特任研究員)

鈴木 勉 (東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 教授)

富田 耕造(東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻 教授)

用語解説 

注1)tRNA

転移(transfer)RNAと呼ばれる70-90ヌクレオチドからなる低分子RNAである。mRNA(伝令RNA)上の遺伝暗号コドンとアミノ酸とを結びつけるアダプター分子として働く。tRNA3'末端にアミノ酸が付加されてリボゾーム上に運ばれてくる。アミノ酸が付加されたtRNAをアミノアシルtRNAとよぶ。

注2)オペロン

真正細菌では、機能的に関連する複数のタンパク質をコードする遺伝子群が隣接してDNA上に存在し、それらがひとつのmRNAへとして転写されることが多い。この隣接する遺伝子群の機能単位をオペロン(operon)とよぶ。トキシン-アンチトキシン(Toxin-AntitoxinTA)モジュールでは、トキシンとアンチトキシンが一つのmRNAへ転写され、単一のmRNAからトキシンとアンチトキシンタンパク質が合成される。

注3)マクロファージ

白血球の一種であり、細菌、ウイルス、死んだ細胞の遺物などを取り込んで分解する食作用を有する。

関連研究室

富田耕造研究室

記事掲載情報

日刊工業新聞12/22

医療ニュース12/23

お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

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