記者発表

3段階調光機能を有する反強磁性材料を発見

投稿日:2022/02/04
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東京大学

発表のポイント

◆異なる3方向から見たときに光の透過具合が大きく変化する反強磁性体(注1)を発見しました。

◆この反強磁性体に電場と磁場を与えることで、光の透過具合を3段階に切り替えられることを実証しました。

◆反強磁性体を用いた新しい光磁気デバイスの開発に役立つと期待されます。

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の木村健太助教と木村剛教授らの研究グループは、異なる3方向から見たときに光の透過具合が大きく変化する反強磁性体を発見しました。この現象は、光の進む向きとスピン構造の相対的な配置によって吸収係数(注2)が3つの異なる値をとることに起因するもので、ビスマスと銅を含む反強磁性体Bi2CuO4で実現しました。さらに、電場と磁場の印加により光の透過具合を3段階に切り替えられることを発見しました。この現象は3段階の調光機能ともいうべきものであり、次世代の超高速スピントロニクスに有望な材料として期待される反強磁性体における新奇な磁気光学機能を実証するものです。

反強磁性体を使った光磁気デバイスの開発や電場や磁場といった外場に対する反強磁性体の応答の解明に大きく貢献すると期待されます。

本研究成果は、2022年2月4日付けで英国科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

発表内容

①研究の背景

通常の物質では光の進む向きを反転しても透過率(あるいは吸収係数)は変わりません。ところが、時間反転に対しても空間反転に対しても対称でない磁性体では、光の進む向きを反転させると吸収係数が変化する方向二色性という現象が現れることが知られています。これまで、方向二色性の観測例はマクロな磁化をもつ磁性体が中心でした。

しかし、ある種の結晶構造のもとでは、マクロな磁化をもたない反強磁性体においても方向二色性の発現が観測されており、このような方向二色性が活性な反強磁性体では、スピンの向きを反転させることで透過光強度を切り替えることが可能となります。このことを複数の安定なスピン配列を取ることのできる反強磁性体に応用すれば、反強磁性体を使った透過光強度の多段階制御の実現も期待されます。しかしながら、これまでに方向二色性が観測された反強磁性体は2種類の配列を取るもののみであり、その方向二色性も小さいものがほとんどでした。

②研究内容

本研究グループは、複数の安定なスピン配列を取り得る反強磁性体として、正方晶の結晶構造をもつBi2CuO4という物質に着目しました。図1に示すように、この物質では銅イオンのスピンが反平行に配列しており、それらが正方晶の面内方向を向くことを反映して、互いに90度の角度を成す4種類の安定なスピン配列を取ることが期待されます。

図1.

(a) 反強磁性体Bi2CuO4におけるスピン配列。正方形の中に描かれた一対の緑矢印は反平行スピンを表しており、それらが互いに90度の角度を成す4つの安定なスピン配列がある。正方形の色(青、赤、白の三色)は、図の矢印の方向に光を入射したときの透過光強度の違いを模式的に表している。Bi2CuO4ではこれら4つのスピン配列を電場と磁場で制御できる。すなわち、三段階の調光が可能である。

(b)Bi2CuO4結晶における磁場による三段階調光の様子を偏光顕微鏡で可視化した画像。画像の色は図(a)の色と対応させている。

本研究グループは、Bi2CuO4の単結晶を用いて、正方晶の面内方向に可視光を入射したときの透過光の様子を詳細に調べました。その結果、スピンと垂直な方向に進む光において、スピンあるいは光の進行方向の反転により吸収係数が40%以上も変化するという巨大な方向二色性を観測しました。一方、光の進む向きがスピンと平行な場合では方向二色性が消失するということが分かりました。

これらの結果を模式的に図2に示します。この図から、光の進む向きがスピンに対して平行か垂直かによって吸収係数が3つの異なる値を取ることが分かります。これは、異なる3方向から見たときに光の透過具合が大きく変化することに相当します。また、スピンが規則的に配列していない常磁性状態では、正方晶の面内方向のどの方向に光を入射しても吸収係数は同じです。すなわち、反強磁性によって三色性(注3)が誘起されたということです。これは、結晶構造の異方性に起因して現れる従来の三色性とは異なる大変ユニークな光学現象です。

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図2.観測された反強磁性に起因する三色性の概念図。入射光(白色の矢印)の向きを変えると透過光の強度(青、赤、灰色の矢印の太さに対応)が三段階に変化する。これは、反強磁性スピン(一対の緑の矢印)に対しての入射光の向きが垂直のとき(上の2つの場合)は方向二色性が起こるのに対し、平行のとき(下の2つの場合)は方向二色性が起こらないことに起因している。

この現象を利用して、電場と磁場の印加により4種類のスピン配列を制御し(図1(a))、スピン配列と光の進む向きの相対的な配置を変化させることで、吸収係数を3段階に切り替えられることを発見しました。実験結果の一例として、磁場を印加したときの単結晶の様子の変化を偏光顕微鏡(注4)で可視化した結果を図1(b)に示します。この図では、試料からの透過光強度の違いを青、赤、白の色で表しています。ゼロ磁場で存在していた赤と青の領域が0.58テスラの磁場を印加すると白い領域に変化しており、調光機能が実現していることが分かります。

③今後の展望

本研究により、マクロな磁化をもたない反強磁性体において巨大な方向二色性が観測されるとともに、反強磁性が引き起こす三色性というユニークな磁気光学効果が実証されました。この三色性は、反強磁性体における複数の安定なスピン配列を光によって識別することを可能にするため、反強磁性体を使った多値メモリの光読み出しに利用できる可能性があります。

さらに本研究により、電場と磁場の印加によりスピン配列と光の進む向きの相対的な配置を変化させることで、3段階の調光機能とも言うべき磁気光学機能が実現されました。今後、三色性をキーワードとした反強磁性体の機能開拓やさらなる巨大応答が実現されることで、反強磁性体を使った新奇な磁気光学素子や多値メモリといった応用への展開が期待されます。

本研究は、文部科学省科学技術人材育成費補助金(卓越研究員事業)(研究代表者:木村健太)、科学研究費補助金 基盤研究B「反強磁性体における電気磁気光学特性の電場制御に関する研究」課題番号19H01847(研究代表者:木村健太)、基盤研究A「新規フェロイック秩序物性の開拓」課題番号21H04436(研究代表者:木村剛)、基盤研究S「高強度テラヘルツ・中赤外パルスによる強相関系の超高速量子相転移の開拓」課題番号21H04988(研究代表者:岡本博)、新学術領域「量子液晶の物性科学」における計画研究「量子液晶物質の開発」課題番号19H05823(研究代表者:大串研也)、公益財団法人村田学術振興財団 研究助成「ゼロ磁場で巨大な非相反電気磁気光学応答を示す磁性材料の創製」(研究代表者:木村健太)の支援を受けています。

発表雑誌

雑誌名:Nature Communications」(オンライン版:24日)

論文タイトル:Visualizing rotation and reversal of the Néel vector through antiferromagnetic trichroism

著者:Kenta Kimura*, Yutaro Otake, Tsuyoshi Kimura

DOI番号:10.1038/s41467-022-28215-w

発表者

木村 健太(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 助教)
木村 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授)

用語解説

注1)反強磁性体

ある種の物質では、隣合う原子の電子スピンが互いを打ち消し合うように規則的に配列し、全体としてのマクロな磁化がゼロになることがある。そのような性質を反強磁性と呼び、反強磁性を示す物質を反強磁性体と呼ぶ。

注2)吸収係数

ある物質に光を入射させたとき、その物質が単位長さ当たりどれだけ光を吸収するかを表す物理量。

注3)三色性

三斜晶、単斜晶、および斜方晶系に属する結晶は、結晶構造の異方性のために2つの光学軸をもつ。このような二軸性の結晶では、互いに直交する三方向から見たときの色や明るさが異なることが知られており、この現象をしばしば三色性と呼ぶ。

注4)偏光顕微鏡

通常の光学顕微鏡に、入射光を偏光させるための偏光子や、透過光(あるいは反射光)の偏光状態を調べる検光子を加えたものを偏光顕微鏡という。

関連研究室

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新領域創成科学研究科 広報室

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