世界初、貴金属・有害物質を含まない材料で構成した回路・電池で通信信号の生成に成功ーIoTの発展に向け、低環境負荷センサ・デバイスを指向ー
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日本電信電話
東京大学
発表概要
日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と国立大学法人東京大学(本部:東京都文京区、総長:藤井 輝夫、以下「東京大学」)は、低環境負荷な材料のみで構成した電池(低環境負荷電池)と回路(低環境負荷回路)を用いてPoC(Proof of Concept)のためのセンサ・デバイスを作製し、世界で初めて通信信号を生成することに成功しました。
IoT(Internet of Things)(※1)の進展に伴い、ありとあらゆるモノがデバイス化していくようになると、デバイス自体の存在に気づきにくくなり、そのまま一般ゴミとして捨てられる恐れがあります。
NTTは、回収・分別・廃棄の問題に対応する為、廃棄時においても環境・生物への影響が小さい材料を選択したデバイスの研究開発を推進してきました。これまで、2018年に、肥料成分と生物由来材料から構成した、「ツチニカエルでんち®」を作製することで、低環境負荷電池のコンセプトを実証しています
今回、NTTと東京大学は、貴金属を含まず、かつ、環境経由で人間や動植物に影響を与える恐れのある化学物質群を使用しないという考え方で、低環境負荷電池の高度化を進めるとともに、有機半導体技術(※2)を適用した低環境負荷回路を作製し、回路動作を確認しました。
また、低環境負荷回路と低環境負荷電池を組み合わせ、世界で初めて通信信号の生成に成功しました。
現在、低環境負荷を指向したデバイスに関する明確な定義はなく、社会的コンセンサスが十分でないことから、本成果を基に広く議論していただくとともに、社会実装をめざして外部機関・企業等と連携しながら、"低環境負荷"ならではのユースケースを探索し、これまでにない新奇なサービスの創出を進めてまいります。
なお、本研究成果の一部についてはScientific Reportsに2022年10月7日に掲載されました。
(成果概要図)PoCのための低環境負荷センサ・デバイス(電池・回路)の試験構成と結果
研究の背景
私たちの生活やビジネス等を取り巻く社会環境は、情報通信の進展に伴い、ありとあらゆるモノの状態が可視化され、データとして繋がるようになることで、飛躍的な進化の道を辿ろうとしています。
昨今、インターネットに接続されるデバイス数が増えることに備え、ネットワークサービスレイヤーにおいて5G、6G、LPWA(※3)などIoTを牽引する新たな技術が出現しています(図1)。
これらの技術を実現するデバイスは使用後の回収・分別・再利用を前提とした高機能・高コストなものが主流ですが、将来的には、消耗品を含む、ありとあらゆるモノがセンサ・デバイスになっていくことで、サービスや利用用途の拡大が期待されます。その一方で、センサ・デバイス化した消耗品(図2(1)、(2))をごみとして廃棄する際の環境汚染や、自然現象の詳細な可視化(図2(3))の際に、センサ・デバイスの回収が容易でない等の課題発生が危惧されます。この課題を解決するためには、回収・分別をせず、使い終わったらそのまま捨てられる、環境に対する影響を最小限にしたセンサ・デバイスが必要になります。この考え方に基づき、低環境負荷な材料で構成したセンサ・デバイスを提案し、研究開発を推進してまいりました。
図1 IoTネットワークの概要と低環境負荷センサ・デバイスの位置づけ
図2 ありとあらゆるもののセンサ・デバイス化によって想定されるユースケース例
(1) 開封検知による消耗品の自動発注、(2) 開封検知による薬剤飲み忘れ防止
(3) 自然現象の可視化・メカニズム解明
研究の取り組みおよび成果
低環境負荷材料の選定
これまで、我々は上記のコンセプトを実証する最初の一歩として、肥料成分と生物由来材料から構成した、「ツチニカエルでんち®」を作製し、電池動作を確認しています。
今回、主に回路と電池で構成される低環境負荷センサ・デバイスの実現をめざしていくにあたって、回収・分別・廃棄の問題に対応するとしたらどのような材料を低環境負荷な材料として選定することが望ましいかを、廃棄物に関連する有識者にヒアリングしました。
その結果を踏まえて、「資源性を考慮し、貴金属を使用しないこと」と「有害性を考慮し、原則、環境経由で人間や動植物に影響を与える恐れのある化学物質群を使用しないこと」を低環境負荷な材料を選定する際の考え方(表1)とし、回路および電池を構成する材料として選定しています(表2)。
ちなみに、今回選定した材料は、7種類の元素(H、C、N、O、Mg、Al、S)のみで構成されています。
表1 低環境負荷センサ・デバイスの実現に向けた、低環境負荷な材料の選定の考え方
表2 低環境負荷センサ・デバイス(回路・電池)の構成材料
低環境負荷回路・低環境負荷電池作製
表2で選定した材料を用いて、低環境負荷回路・低環境負荷電池を作製しました。
低環境負荷回路は、有機半導体分野の研究を推進する東京大学大学院新領域創成科学研究科の竹谷純一教授の研究室との共同研究で、カーボン材料で全電極を構成する有機トランジスタ作製プロセスを開発し、カーボン電極有機トランジスタを用いて、CMOS(※4)構造のアナログ発振回路(※5)やデジタル変調回路(※6)を構成しました(図3)。
低環境負荷電池は、有機半導体で構成した低環境負荷回路を駆動するには電荷輸送(※7)に高い電圧が必要な為、低環境負荷材料として選定したカーボンを電極として適用するための3次元の導電性多孔体構造(※8)の形成、および電池の直列化構造による高電圧化について取り組みを行いました。
図3 低環境負荷な材料で構成したトランジスタ(カーボン電極の有機トランジスタ)構成(側面図(左))およびトランジスタを集積した回路(上面写真(右))
低環境負荷センサ・デバイスの実証試験
低環境負荷センサ・デバイスの実証試験構成と写真を図4に示します。
本構成は、低環境負荷電池と、低環境負荷回路と、市販スピーカ(またはオシロスコープ)、ケーブルがブレッドボード(※9)上で接続された構成となっております。低環境負荷回路は、発振回路や変調回路など、それぞれの要素回路毎に作製され、ブレッドボードを介して接続されています。
図4 低環境負荷センサ・デバイス(回路・電池)の実証試験構成
本低環境負荷センサ・デバイスには、3bitの個体識別番号が付与されおり、低環境負荷電池が液体を検出すると発電し、通電した低環境負荷回路が1bitの検出信号と3bitの識別番号を重畳した発振周波数140Hzの通信信号を生成してスピーカで音波を発生します。図5に、実証試験の結果を示します。本結果は回路の出力をオシロスコープで測定した結果です。図5に示すように、本低環境負荷センサ・デバイスは、4bitの通信信号(検出信号="1", 識別信号="001"など)の信号を出力していることが確認できます。
図5 実証試験(通信信号の合成)の結果
今後の展開
低環境負荷を指向したセンサ・デバイスに関する社会的コンセンサスの醸成に向けて、本成果を基に広く議論していただくとともに、低環境負荷な電池・回路に関する要素技術の高度化を進め、社会実装をめざして外部機関・企業等と連携しながら、"低環境負荷"ならではのユースケースを探索し、これまでにない新奇なサービスの創出を進めてまいります。
掲載情報
雑誌名:「Scientific Reports」(10月7日)
https://www.nature.com/articles/s41598-022-19387-y
用語解説
(※1) IoT:Internet of Things
モノのインターネットを意味し、家電製品・車・建物等さまざまな「モノ」をインターネットと繋ぐ技術。
(※2) 有機半導体技術
有機物を用いた半導体を取扱う技術の総称。一般的な半導体製品は、シリコンなどの無機物を用いたものが多い。
(※3) 5G, 6G, LPWA
5G,6G:第5, 6世代移動通信システムの略称。高速大容量化、高信頼低遅延化、多数同時接続の実現により、多様なサービス提供を可能にする。
LPWA:Low Power Wide Area:省電力かつ長距離での無線通信が可能な特長をもった通信技術の総称。
(※4) CMOS: Complementary Metal Oxide Semiconductor
半導体素子構造の1つ。金属と半導体の間に酸化膜が挟まれた構造のP型トランジスタとN型トランジスタを組み合わせたもの。
(※5) アナログ発振回路
連続的に変化する電気信号(アナログ信号)を取扱う電子回路を用いて作製した、交流信号を生成する回路(発振回路)。
(※6) デジタル変調回路
2値(0か1)で表現された電気信号(デジタル信号)を取扱う電子回路を用いて作製した、情報をデータ伝送に適した信号に変換する回路(変調回路)。
(※7) 電荷輸送
電荷をもつ電子や正孔が物質中を移動すること。
(※8) 導電性多孔体構造
電池反応に必要な高い電子伝導性と空気中の酸素拡散を両立する多くの空隙を有する構造。
(※9) ブレッドボード
電子部品等をボードの穴に差し込むだけで、 はんだ付けをしなくても電子回路を構成することができる基板。