物体の硬さの触感覚を伝達できるシステムの開発 ~物体を非接触で測定し、触った感覚をディスプレイ上に再現~
- ニュース
- 研究成果
- 記者発表
発表者
発表のポイント
◆物体と接触することなくその形状と硬さの両方を測定し、物体を触った感覚(触感覚)を仮想的に再現できるシステムをNHKと共同で開発しました。
◆物体の形状だけでなくその表面の硬さ分布までを接触することなく計測し、それを離れた地点に伝送して元の物体に触れた感覚を体験できるシステムを初めて実現しました。
◆本システムは見た目ではわからない触感覚までも伝えることができ、視覚障害者や高齢者にも分かり易く情報を伝える放送技術につながります。
発表概要
東京大学大学院 新領域創成科学研究科 篠田裕之教授、藤原正浩 日本学術振興会特別研究員らの研究グループと日本放送協会(NHK)は、物体と接触することなくその形状と硬さの両方を測定し、物体を触った感覚を仮想的に再現できるシステムを共同で開発しました。
これまで、物体表面の硬さを測定するためには、計測装置を表面に接触あるいは近接させる必要があり、離れたところから硬さを測定することはできませんでした。2011年には東京大学の研究グループは、超音波を物体の表面に当てることによって生じた表面の変形をレーザー光線で計測する装置を開発し、物体に触れることなくその硬さ分布を測定できるようにしていました。
2013年にはNHKは、硬さ分布データに基づいて、指先の複数点に刺激を与えることで、物体を触った感覚を再現する触・力覚ディスプレイ(注1)を開発していました。
今回、東京大学の研究グループが開発した物体に接触することなく硬さ分布を測定できる装置を改良し、NHKが開発した触・力覚ディスプレイを組み合わせることで、公開展示に堪えうる触感の計測・提示システムを完成しました。
将来的には、視聴覚だけではなく食べ物や生き物などの触感覚までも伝達でき、障害者や高齢者にも分かり易く情報を伝える放送技術につながると期待されます。
このシステムは、5月29日(木)~6月1日(日)に開催されるNHK技研公開2014で展示される予定です。
発表内容
(1)研究の背景・先行研究における問題点
視聴覚だけでなくその他の感覚、特に触覚の情報を計測したりそれを人々に体感させたりする技術の研究開発が近年活発化してきています。例えば触ってみてはじめてわかる触感の情報である硬さの情報をなんらかの方法で記録し、その触感を自由に再現することができれば、視聴覚だけでなく触覚の体験の一部も伝えることができるようになります。しかしこれを従来の技術で実現するのは困難でした。
触感を伝送するための一つの考え方は、人間の分身として動作する遠隔ロボット(スレーブロボット)が対象物体を触り、そのときの反力や振動を、機械を通して操作者に伝える、という方式です。しかしこの方式では一人の人間が触覚を感じている間一台のスレーブロボットが物体に触っている必要があり、多くの人が同時に一つの物体を触ることはできません。また、好きな時に触覚を体験し直すこともできません。
もう一つの考え方は硬軟の情報、すなわち人間が物体に触れたときにその表面がどのように応答するかを計算するための力学モデルを物体表面全体にわたって計測し、物体表面の3次元形状モデルと一緒にデータ化しておく方法です。形状と力学特性のモデルがひとたびデータ化されてしまえば、それを伝送することで複数のユーザーが好きな時にその物体に触れたときの感覚を体験できます。しかしそのためには、物体表面全面にわたって力学特性を計測する装置が必要です。従来はこのような力学特性を計測するためにセンサを接触させるか、表面のごく近くに近接させる必要がありました。そのようなセンサで表面全体の硬軟の分布を計測するためには、ロボットアームを用いてセンサを移動させながら物体の表面全体を一点ずつ計測する必要があります。
(2)研究内容
そこで東京大学の研究グループは、物体に直接触れることなく遠隔から表面の硬さを計測できる装置を世界に先駆けて開発していました。具体的には超音波を発生する多数の素子を配列し、各素子の振動位相(注2)を自在に制御できる超音波フェーズドアレイ(注3)を用いて物体表面の1点に超音波を収束します。超音波の収束点では音圧が非常に大きくなりますが、そのような強い超音波が照射される部位には、超音波のエネルギー密度に比例した放射圧(注4)と呼ばれる力が発生します。その放射圧の大きさを変化させることで物体の表面を微小変形させ、その変形量をレーザー変位計で計測することによって硬さを推定します。超音波の収束点やレーザーの計測点は容易に素早く移動(走査)させることができますので、表面全体の硬さ分布を短時間で計測することができます。また、物体表面に直接触れることがないので、壊れやすい表面や生体の表面なども計測できます。
このような計測装置は、東京大学の研究グループによって2011年に初めて報告されたものですが、2013年にNHKが開発した触・力覚ディスプレイと組み合わせて、公開展示に堪えうる触感の計測・提示システムを今回完成し、披露するに至りました。この触感の計測・提示システムは、2014年5月現在で世界に例のないものです。なお、NHKが開発した力・触覚ディスプレイは、指先に複数点の力分布を生成できる点、今回は特に裸眼でも見ることができる空中映像と同時に提示できる点に従来にない特徴があります。
(3)社会的意義・今後の予定など
今回実現したシステムは、未知の物体に人間が手を触れたときに感じる表面の硬さの情報を、多数の人間が同時に体験できることを実証するものです。これによって視聴覚だけでなく触覚としての硬さ分布情報も原理的には放送可能であることが示されました。時間や空間の隔たりを超えて伝送・共有できる感覚情報はこれまでおもに視聴覚に限定されていましたが、これに加えて硬さに関する触覚の体験も伝送・共有できるようになります。また、普段は手を触れることができない液体表面や生き物の触感も体験できるようになると期待されます。これは健常者にとってより豊かなコミュニケーションや多様な体験を可能にするだけでなく、視聴覚障害者と健常者が体験や感動を共有できる新しいコミュニケーションの実現につながります。
また、東京大学が開発した非接触硬さ分布計測装置は、センサを接触あるいは近接させることなく硬さを計測できる従来にない装置であり、人体表面を含むさまざまな硬さ評価センサとして、医療、美容健康、農作物や工業製品の品質管理など、幅広い応用が期待されます。
発表雑誌
NHK技研公開2014(5/29~6/1)で公開される予定です。なお、物体に触れることなくその硬さを測定する装置単体についての研究成果はすでに東京大学の研究グループによって学会発表されていますが、システム全体が公開されるのはNHK技研公開2014が初めてです。
問い合わせ先
東京大学 新領域創成科学研究科 篠田教授室
Tel: 04-7136-3900
hiroyuki_shinoda@k.u-tokyo.ac.jp
用語解説
(注1)触・力覚ディスプレイ:
指先のディスプレイ接触位置に応じてディスプレイの押し返す力を制御し、物体に触った感覚を再現する装置。
(注2)振動位相:
振動のタイミング。
(注3)超音波フェーズドアレイ:
多数の超音波振動子を複数並べ、個々の振動子の振動位相を自由に制御できる(変化させられる)ようにした装置。本装置の場合、振動子は全て40kHzで振動しますが、個々の振動子の駆動タイミングを適切に進めたり遅らせたりすることで超音波の伝播方向が制御されます。
(注4)放射圧:
超音波のビームを物体表面に照射すると、物体表面を押し込む向きに、物体表面上の音響エネルギー密度に比例した圧力が生じます。このときの圧力が放射圧と呼ばれています。